四万年と二千年のあいだで

先日、「約4万年前のマンモスからRNAを抽出」という記事を読んだ。



4万年前といえば、途方もない昔だ。
人類史でいえば、ホモ・サピエンスがすでに存在し、洞窟壁画を描き始めた頃である。
そんな時代の生物から、分子レベルの情報が取り出せるというのは、ほとんどSFの世界に近い。



Photo=写真AC/ACworks

RNAとは何か。
ざっくり言えば、DNAの設計図をもとに、体を作る指示を伝える「伝令役」の分子だ。
ジュラシック・パークのように、そこからマンモスを復活させられるのかといえば、現実はそこまで単純ではない。
RNAは非常に壊れやすく、完全な設計図が残っているわけでもない。

それでも「4万年の時間を超えて、生命の情報の断片が読める」という事実そのものが、すでに十分に驚異的だ。



Photo=写真AC/bBear





そう考えると、人間の歴史の短さにも改めて気づかされる。
日本の縄文時代はせいぜい1万数千年前から、弥生時代でも3000年ほど前。
文明史でよく語られる「紙の発明」ですら、紀元前105年、中国・後漢の蔡倫が改良したのが始まりとされる。
今からたった2000年ほど前の話だ。



Photo=イラストAC




その頃の日本はといえば、ちょうど弥生から古墳へと移り変わる時代。
稲作が広がり、ムラがクニになり、やがて大和政権が形を成していく頃である。




Photo=写真AC/Fuha_Wakana

私たちが「歴史」として認識できる記録文化は、実はかなり新しい。
古事記・日本書紀・風土記が編纂されたのも8世紀、奈良時代のことだ。
日本の「建国神話」ですら、文字として残されたのは1300年ほど前にすぎない。



4万年前のマンモスから分子情報を読み取り、2000年前の紙の記録を歴史として辿り、1300年前の文献を「古代」と呼んでいる。

時間のスケールを並べると、私たちが「ものすごく昔」と感じている日本史は、地球史や生命史の中では、ほとんど「ついさっき」の出来事なのだと分かる。



そんな時間のスケールをふと考えた。
それでも、その短い時間の中で、言葉を残し、文字を刻み、こうして過去を振り返り未来を想像している。
その事実そのものが、実はマンモスのRNA以上に、不思議で面白いのかもしれない。



中の人



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